日々徒然に愚行と愚考を綴ります
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散歩と愚痴
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散歩に出ると、ついつい本を買ってしまう。
本屋に寄る為に散歩するのか、散歩するから本屋に寄るのか、自分でも良く分からない。
折角の連休だと云うのに、何処に行くわけでも無く、ぶらぶらと本屋に立ち寄って、馴染みの店主と世間話をして、洋書を買って帰る。
十代の頃から、ちっとも変わってないなぁ・・・と、我ながら呆れる。
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アーサー・マッケン
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アーサー・マッケンと云えば、怪奇小説家の大家H.P.ラヴクラフトが絶賛する、数々の傑作を残した偉人である。我が国では、創元推理文庫の怪奇選集や、カーレオン版を元にした平井呈一の選集で知られるが、生前は赤貧に喘いだ、知られざる貧乏作家の一人であった。イギリスではほとんど忘れられた存在であったのだが、アメリカで評価が高まり、現代では、ほとんど怪奇小説の神に等しい存在となっている。
ブラックウッドも良い。M.R.ジェイムズだって、素晴らしい。けれど、マッケンはひと味違う。他の怪奇作家達が、ラヴクラフトと云う巨星の威光に霞んでしまう中にあって、マッケンは未だ孤高の輝きを放ち、極めて独創的な世界は全くのところ、少しも魅力を失ってはいない。
魔術入門
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屡々、西洋魔術を知りたいと願う初心者に最適の入門書の一冊に、W.E.バトラーの『魔法入門』が取り沙汰される事がある。原題は『Magic,Its Ritual,Power and Purpose』。まあ、読みたい人は読めば宜しいと思うものの、こんな本をわざわざ探して読むこともあるまい・・・。ただ、和訳されていると云うだけの理由で。
独断と偏見に充ちた、かなり問題のある暴論を書くつもりなので、以下の私見を余り参考にしないで欲しいが、私は、魔術を学ぶに際して、入門書なんぞ必要無いと思う。
初心者向けの本と云うものは、魔術に限らず、大抵は退屈なものと決まっている。人は、魔術に何を求めるのか?勿論、それは各個人によって違うものであろう。ただ一つ、共通することは、日常的な怠惰を打ち破る、精神を覚醒させるに足る、何かもの凄いものに触れたい・・・そんな想いを抱くことなく、淡々と魔術に興味を持つ者は、少ないのではないか。
魔境
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魔術で叶えられる願望とは、いったい何であろう。
最もお手軽で下らない用途に用いたらどうなるのか。
例えば、「ちょっと醤油取って」とか、「風呂沸かして」等々・・・。
魔術は作用しない。
こんな簡単な事も、出来はしないのだ。
魔術は卑俗の願望を叶えるものに非ず、自己を高める術なり・・・と云う意見もあろう。
自己の本質を知り、森羅万象の真理と一致させて、小宇宙と大宇宙の結合を果たす・・・。
暫し、待たれ。
自己の本質って何だろう。
あなたは、あなたが自分だと思う人間では無い。むしろ、あなたの周囲の人間が、あなただと思う人間の方こそ、より本質的な自己であり、つまり、あなたは「本当は優れた潜在能力を持つ人間」なんかじゃなくて、ただの「ろくでなし」って事だ。
カバラと虚偽
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クロウリーの魔術上の息子にして、奇妙なカバラ主義者チャールズ・スタンズフェルド・ジョーンズ。魔法名フラター・エイカドは、狂気と天才を併せ持つ、まるで近代オカルティズムを一身に象徴するかの様な錯乱の術師であった。
裸体にコートを纏っただけで屋外を闊歩したり、唐突にローマ・カトリックに改宗したり、奇っ怪なフェミニズムを主張したり・・・。
どう見ても狂人としか思えないC.S.ジョーンズは、けれども、何故か一部のオカルティストには、極めて人気が高い。
C.S.ジョーンズの著作を読み、その人生に想いを馳せると、近代オカルティズムの、錯乱した状況が浮かび上がって来る気がする。